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名古屋高等裁判所 平成5年(う)101号 判決 1993年8月02日

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件控訴の趣意は弁護人浅井岩根作成の控訴趣意書のとおりであり、検察官の答弁は答弁書のとおりであるのでいずれも引用する。論点は、原判決が証拠に掲げた被告人の尿の鑑定書と注射痕の写真撮影報告書が違法収集証拠であって証拠能力を欠くか否かにある。

二  それはさておき職権により調査すると、記録に現れた原審の訴訟手続には次のように重大な違法があり、原判決は破棄を免れない。

1  まず本件覚せい剤使用事案発覚の経緯であるが、被告人は平成五年一月一四日午前一時を過ぎた深更、知人のアパートで覚せい剤共同所持の疑により現行犯人逮捕され、同日午前四時四〇分ころ連行先の愛知県西警察署取調室で腕の注射痕の写真撮影を受け、次いで午前一〇時五五分ころ採尿用令状を示されるに及んで任意排尿の上提出し、同一一時三分その差押を受け、これに覚せい剤が検出されたことから、現行犯人逮捕と入れ代わりに午後四時四一分覚せい剤自己使用の被疑事実で通常逮捕されたというものである。

被告人はこの自己使用の事実で起訴され、第一回公判期日において事実を認め有罪の陳述をしたので、原審は簡易公判手続で審理の上、即日結審しいったん判決言渡期日を指定したのであるが、その後、期日外に弁護人から、最初の現行犯人逮捕の違法をいうために被告人質問等の証拠調を請求したいと弁論再開の申請がなされた。原審はこれを受けて第二回公判期日に再開を決定、次ぎの第三回公判期日においてあらためて被告人質問の実施となり、被告人は自分が関知しない別件の嫌疑により現行犯人逮捕された上怪我まで負わされたとして縷々不服を訴え、外に負傷の証拠として弁護人から請求された診断書も証拠調がなされて結審をみた。実は被告人は、一月一五日に行われた勾留質問の調書中で既に現行犯人逮捕の非を訴え、同月二五日付司法警察員調書においても、自分の関知しない事実で現行犯人逮捕された旨の不満と採尿令状を示されてしぶしぶながら尿を提出することにしたいきさつを供述しているのであって、二通の調書はいずれも第一回公判で既に取調済だったものである。そして結審時の最終陳述においても、弁護人及び被告人は現行犯人逮捕が強引であったとこもごもこれを非難する付加陳述を行った。

2 以上の審理経過から明らかなように、被告人は捜査の当初から公判を通じ一貫して現行犯人逮捕手続の非を難じているものであるところ、その逮捕拘束中に写真撮影と尿の収集が行われたのであるから、もし逮捕が違法なら、関連諸事情の如何では、写真撮影報告書と鑑定書の証拠能力に問題を生ずることもなしとしない場合であり、更にもし証拠能力がないとされるときは、この二通の書面の外に自白の補強証拠がない以上、直ちに実体面にその影響が及んで無罪の言渡をするしかないという場合なのである。

このような場合には、被告人が捜査手続を非難するのみで実体に関する有罪陳述と簡易公判手続によることの同意はこれを維持したままであり、また、二通の書面の証拠能力自体については直接弾劾していないときだといえども、簡易公判手続による審理の続行は相当ではなく、とりあえず通常の審理手続に移行して審判が行われるべきものであった。原審の訴訟手続にはまず刑訴法二九一条の三に違背したという違法がある。

3  ところで原審は逮捕の非をいう被告人側の証拠申請をすべて容れて、取調を終えたのであるが、もとよりそれは事情如何で有罪判決の成否に影響しかねない上記の問題点を意識してのことと察せられる。

しかるに片や、同じく記録上みるかぎり、原裁判所は検察官に対してはこの点何ら釈明を求めるでなし、反対立証を促すでなし、さりとて現行犯人逮捕手続書等手近な資料を職権で調査する程度の実務上常識的な段取りさえも履んだ形跡がない。言い代えれば、現行犯人逮捕手続の適法性問題は被告人側の弾劾に一方的にさらされたきり反対当事者の防禦抜きで、というよりはそもそも弾劾の対象である逮捕が捜査手続の上でどう報告されているかという事実さえも明かされないまま、審理を打ち切られた形になっているのである。原判決は尿の鑑定書と写真撮影報告書を証拠に掲記しているのだから、結論では証拠能力を認めたことになるが、このような審理状況からどういう根拠でいかなる理由でこの結論が導かれ得たのか、判決中に一言半句の説明もないため控訴審としては具体的に忖度のしようがない。それでもここで明白に指摘できるのは、現行犯人逮捕手続書の取調さえなく打ち切られた中途半端な審理結果に基づく限り、この問題を自由な証明に委ねられた事項と捉えてどう経験則・論理則を働かそうとも、右のような結論に直ちには到達しがたい筈だということである。

ならば原審は右二通の書面について、刑訴法二九八条二項、同規則二〇八条一項に違反し、必要な審理を尽くさぬまま率然その証拠能力を認め、これを補強証拠として有罪判決をしたものであって、この点においても訴訟手続の法令違反がある。

4  以上のとおり原判決には大きくは二点にわたって訴訟手続の法令違反があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから原判決は破棄を免れない。よって、論旨に対する判断に立ち入るまでもなく刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、通常公判手続のもとで必要な審理を尽くさせるため同法四〇〇条本文を適用して本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田孝夫 裁判官松村恒 裁判官川原誠)

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